江戸時代の葬儀について 3
2022/05/10
引き続き江戸時代の葬儀についてです。
現代では生前葬を執り行う方もいますが、実は生前葬は江戸時代からあったそうです。
亡くなった方と同様に棺や香花などが用意され、本人は白装束を着て棺の中に入り、本番さながらに葬儀を執り行ったのがきっかけで生前葬というものができました。
江戸時代では仏式葬儀が9割以上を占めており、火葬を行うのも増えてきましたが、火葬は今現代の火葬と異なり、藁や薪でおこなうのが一般的でした。
白川藩(福島県)では火葬後、瓶に骨を入れ埋葬したとされます。
長岡藩(新潟県)では浄土真宗はみな火葬で、土葬することはなかったそうです。
備後国品治郡(広島県)では、近郷は火葬は野辺に大釜を構え、棺を上に乗せ、柿、せんだの木などで焼き、これを近隣の者が取り組んだそうです。
土葬は最も多く見られた葬法であり、墓地に到着すると、棺を左向きに三回回し、死者の頭を北に向けて墓穴に埋めたそうです。
そのあと喪主、死者と血の濃い順に土をかけたそうです。
またこの時代には初七日や香典があり、香典は金銭ではなく、米が多かったそうです。
泣き女というものがあり、葬式の時に雇われて、葬儀に加わり号泣する女のことを指し、このような職業もあったそうです。
子供(7歳以下の子供)が亡くなった場合、正式な葬式を行わなかったそうです。
遺体は家の床下に埋め、再びわが家に戻ってくるようにと願いを込めたものと言われています。
江戸時代では現代と変わらぬ葬儀を行っていたことが分かりましたね。
昔と変わらず風習を受け継いでいるといってもいいですね。
しかし、現代では日進月歩で進化しているので、これから葬儀の形が変わる可能性もありますね。
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